大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和44年(ネ)245号 判決

控訴人 協和銀行

理由

一、被控訴会社が訴外有限会社鈴木電話店に対し本件約束手形一通(額面金一〇万円、振出日昭和四一年九月一七日、支払期日同年一〇月一六日、支払場所三和銀行横浜白楽支店)を振出し、右鈴木電話店が昭和四一年一〇月一五日控訴銀行上大岡支店に右手形の取立を委任し、同支店がこれを横浜手形交換所に交換に廻したところ、支払銀行である訴外三和銀行白楽支店が、被控訴会社の預金不足で右手形を落とすことができないため、その理由を付して同月一八日同手形交換所を経由して右手形を控訴銀行上大岡支店に返還したこと、控訴銀行上大岡支店が、本件手形につき横浜手形交換所に不渡届を提出し、その際取消証印欄に押切印を押印しなかつたことおよび被控訴会社が同月二〇日横浜手形交換所から不渡処分(銀行取引停止処分)を受けたことは当事者間に争いがない。

二、被控訴会社は、「同月一八日前記鈴木電話店との間において、被控訴会社が同電話店に対し本件手形の買戻資金として被控訴会社振出の小切手を交付し、同電話店が控訴銀行上大岡支店から本件手形を買戻すことを約定し、この約定にもとづいて同日同電話店の者が右控訴銀行支店に赴いて本件手形を買戻す旨告げ、その際右控訴銀行支店に預金残が十分ある同電話店の当座預金口座があつたところから、右買戻の資金として、現金を交付する代りに、支払人を右控訴銀行支店とする額面金一〇万円の当座小切手を振出して交付した。よつて控訴銀行としては、横浜手形交換所理事会の決議にしたがい、所定の不渡届取消証印欄に押切印を押印して手形交換所に届出るべきであつた。」と主張する。

思うに、ここに被控訴会社が主張する買戻というのは、一見交換に付された手形をその持出銀行から取立依頼者たる鈴木電話店が手形義務者たる被控訴会社の依頼によつて買い戻すかのような感じを与える言葉であるけれども、それは取引上の慣用語であつて、必ずしもそのような法律的なものとはいえない。《証拠》を綜合して考えるときは、その趣旨は、手形交換手続において手形が不渡りとなつたこと(支払拒絶)を前提としつつ、被控訴会社と鈴木電話店との間において現実の決済を遂げるか、または手形書換(本件の場合は先日附小切手の振出)等によつて交換に付された手形の弁済が猶予された場合(狭義の買戻)に手形の支払義務者が交換手続上うけるべき不渡による制裁としての取引停止処分を免れしめる措置(広義の買戻)を指称するものと解されるところ、鈴木電話店が控訴銀行に本件約束手形の取立を委任した際、控訴銀行上大岡支店における鈴木電話店の預金口座に本件約束手形の額面金額金一〇万円の入金手続がとられたことは、《証拠》によつて認めうるところであり、右入金手続は交換手続において手形が落ちることを前提とするものであるから、いやしくも交換手続において手形不渡(支払拒絶)を招いた以上はこれに見合う現金入金のことがないかぎりこれを抹消すべきことは所詮さけることのできないところであつた筈である。したがつて、この段階で鈴木電話店が控訴銀行に対し振出した小切手は入金引落の形式を整えるためのみのものであつて、鈴木電話店の預金口座の残高が右小切手金額を超えていたか否かは格別のせんさくに値いしないのである。問題は、被控訴会社と鈴木電話店との間に昭和四一年一〇月一八日成立した同年一〇月二〇日附小切手振出の方法によつて行なわれたいわゆる狭義の買戻に基づいて、被控訴会社の為に鈴木電話店が控訴銀行(上大岡支店)に対し取引停止処分を免れしめるため不渡届取消(広義の買戻)の申出をしたにもかかわらず、控訴銀行が故なくこれを怠つたか否かの一点にかかるといわなければならない。

《証拠》中には、鈴木電話店の取締役である同人が、同月一八日、本件手形を買戻すため、同電話店振出、額面金一〇万円、控訴銀行上大岡支店払の乙第二号証の小切手を持つて右控訴銀行支店に行き、買戻になつたからよろしく頼むと告げた旨の被控訴会社の右主張にそう部分がある。しかし同証人は、はじめ当座預金口座に入金した本件手形金額を引落すため右小切手を持参した旨述べていたのを右趣旨の供述に改めたのであつて、そのように供述を改めたのは、被控訴会社代表者から乙第二号証の小切手を示され、小切手帳の耳に「買戻分」と書いたことを思い出したということからであるが、右の小切手帳の耳を証拠として提出することはさして困難なこととは考えられないのに、これが当法廷に提出されているわけではなく、かえつて《証拠》によれば、控訴銀行上大岡支店に乙第二号証の小切手を持参したのは、鈴木電話店の長谷川栄一ではなく、同人以外の他の従業員であつて、その従業員からは右小切手交付の際不渡処分届取消依頼がなかつたことがうかがわれるのである。してみると、証人長谷川栄一の前記証言はたやすく信用しがたく、他に不渡届取消の申出があつたことを認めるべき証拠はなにもないことになる。

果してしからば、控訴銀行が前記のとおり不渡届の取消証印欄に押切印を押印せずに手形交換所に提出したことにより被控訴会社が信用を害されたとしても、それを控訴銀行の故意または過失にもとづくものであるとしてその責に帰することはとうてい認めることができないのである。

三、そうすると、被控訴会社の本訴請求は理由がないというべきであり、原判決中これを一部認容した部分は失当として取消を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例